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EV(電気自動車)の進化と課題:CASEとMaaSがもたらす自動車産業の変革

最近マスコミでも潮目が変わったとの報道が増えているEV(電気自動車)に付いて、少し考察してみたい。

【EV歴史】

諸説はあるものの、世界で最初にEVが生産されたのはガソリン車が生産される更に前の1830年代と言われている。1908年経済性に優れるガソリン車のT型フォードの量産が始まることで、自動車市場はガソリン車を中心に拡大し、自動車産業も内燃機関(エンジン)を前提に自動車メーカーを頂点とする産業ピラミッドが構築されていく時代を迎えた。
以降、環境意識の高まりで折に触れEVが見直されることはあったものの、ガソリン車の環境技術が向上し、また、燃費の良いディーゼル車の登場もありEVは本格普及に至らなかった。

日本の自動車メーカーのEV取組が遅れているとの印象があるものの、欧米メーカーに先駆け逸早く量産EVを開発したのは実は日本車メーカーであった
1996年トヨタ自動車がRav4L EVを発売、その後、三菱自動車が2009年にi-MiEVを、日産自動車が2010 年にLEAFを、続いてトヨタ自動車が2012年にテスラと共同開発したRav4 EVを発売したものの、自動車市場は1990年代後半からトヨタ自動車のPrius等を中心としたハイブリッド車の人気に火がついたこともあり、EVはまたしても主流にはなれなかった。

【CASEの時代】

その後EVが改めて注目されたのは、2016年ダイムラーCEOを務めるチェッチェ氏(当時)が発表したCASE(C:Connected(コネクテッド)、A:Autonomous(自動運転)、S:Sharing(シェアリング)、E:EV(電気自動車))いう新しい概念の中の一つとしてであった。

2018年にはトヨタ自動車の豊田章男社長(当時)が自動車業界はCASEを中心に100年に一度の自動車革命の中にあり、トヨタは自動車会社からモビリティカンパニーに生まれ変わると宣言し、CASEという概念が世間の注目を集めることになった。
ただ当時はMaaS(Mobility as a Serviceの略、複数の移動手段を組合せた検索、予約、決済の一括サービス)全盛期で、MaaSの主要手段となるUberやlift、Didi、Grab等の大手ライドシェア会社が急速に台頭、脚光を浴びていたこともあり、CASEの中ではシェアリングが注目を浴びる概念であった。

一方、テスラがEV製造は自動運転の通過点と主張していた様に、自動車メーカーとしても究極の事故ゼロ車開発、運輸業界はドライバー不足解消、ソフトバンク等のライドシェア株主は自動運転によるドライバーのコスト削減による収益増を期待し、自動運転の技術革新に対しても強い期待があった。いずれにしてもEVは自動運転やコネクテッドと技術的な相性が良いため、当時EVは環境対策というよりCASE進展の前提条件という位置付けであった。

参照:日本経済新聞「CASEとは つながる・自動運転…車産業の新潮流

100年に一度の自動車革命として盛り上がったMaasやCASEは2020年に世界を襲ったコロナの世界的な感染拡大により一旦大きく後退した。その後コロナ明けに各国政府が気候変動対策として一斉にEV導入に向けた補助金設定や優遇策法整備を発表したことで、世界の自動車メーカーのEVシフトが巨大な潮流となった。

環境対応、脱炭素という共通の目標はあるものの、主要国の思惑としては、欧州はクリーンディーゼル不正により新たにEVで日本車のハイブリッドに対抗する必要があったこと、中国は電池の材料・部材の供給網の強みと高い電池技術を生かして政府主導でEV大国を目指したこと、米国はEVで自動車産業の競争力を復活させたいということで、それぞれEV製造を通して自国の雇用や産業強化に繋げたいというものであった。
一方、日本は電池製造の資源もなく、日本車メーカーが得意のハイブリッドで大量の雇用を支えていることから、環境規制にハイブリッドは含めない、日本車メーカーに配慮した規制を発表している。

【テスラ(EV)vsトヨタ(ハイブリッド)】

この世界的なEVシフトの波にうまく乗ったのが米国テスラであり、EV専業メーカーとして、先新型モデルを次々と投入、カリスマ経営者イーロン・マスク氏の人気にもあやかり、テスラ車は世界各国で爆発的なヒットを記録した。
株式市場でもGAFAM+テスラとしてテック企業としても称賛され、一時期時価総額はトヨタ自動をはるかに上回り、新旧王者交代とまで言われる存在感を誇った。

一部ではEVかどうかに関係なくテスラ車に乗りたいという熱狂的なファン層を開拓し、革新的な製造プロセスや販売手法、独自のブランド戦略含め、伝統的な自動車産業に革命を引き起こしたことは事実である。
テスラと同時に中国自動車メーカーも、バッテリーの競争力と政府からの多額の補助金を活用し、生産能力拡大に乗り出し、中国市場のみならず各国への輸出を強化し、確実に世界での存在感を高めている。

一方で、テスラとは対照的に世間からバッシングを受けたのはトヨタ自動車だった。顧客にあらゆる選択肢を提供しつつ脱炭素を目指す『マルチパスウェイ』戦略が、得意のハイブリッドを延命するための企業エゴではないかとマスコミや環境団体等から散々叩かれ続けた。

【EV課題と見通し】

順調と思われていたEV販売の変調は昨年末頃から報道されていたが、象徴的なニュースは今年の2月に発表されたアップルのEV開発プロジェクトの中止であった。『走るスマホ』の具現化として大いに注目されていたが、EV市場の環境変化や開発コスト、AI分野への注力から、開発中止は合理的な経営判断として株主や株式市場からは逆に評価される結果となった。

EV変調の理由は、環境意識の高い顧客やEVファンの車両購入が一巡後、改めて車両コストの高さや充電の手間、充電インフラの不足、航続距離、中古車価格等々が認識され、更に一部市場での補助金の削減もあり、需要が頭打ちになったもの。
環境変化を受け米国がEV普及目標値を引き下げたり、メルセデスやフォード、GM各社がEV計画や投資計画を引き下げる等戦略の見直しが相次いでいる。EV王者テスラの1-3月決算が4年振りの減収減益決算になったのに対し、トヨタ自動車の2024年3月期決算が得意のハイブリッドの販売好調で過去最高となる5兆円レベルの利益を記録したのは好対照であった。

各社が政府の思惑やEV補助金に躍らされ一斉にEVシフトに走る中で、ぶれることなく愚直に顧客第一主義を貫いたトヨタの一貫性ある姿勢が奏功する結果となった。
各社がEV戦略を見直す中、トヨタ自動車は潤沢な資金ハイブリッドで培ったバッテリー技術を生かし、EV開発に本腰を入れ、『マルチパスウェイ』戦略を着々と推進したものと思われる。

2016年以降の自動車業界を振り返ると、CASE、MaaSの概念に基づく100年に一度の自動車革命の幕が開け、コロナ明けEV黎明期はテスラがEV市場を席捲、2023年EV需要が一巡した後は王者トヨタが圧倒的な底力を見せ一人勝ちという構図となった。
2024年は米国ではEV嫌悪のトランプ氏が出馬する大統領選挙もあり、各国の政治的思惑や各社の戦略見直しもあり、EVが長期的な普及に向けて再加速するのか、若しくは大きな揺り戻しが起きるのか、目が離せない年となりそうである。

気候変動への対応は待ったなしであり、自動車業界の脱炭素化手段としてのEVシフトは長期的には推進されていくべきながら、自動車業界は顧客あって初めて成り立つ産業であり、顧客の利便性を無視して政府の規制+補助金で強引に進めるべきではない。
誤解を恐れずに言うと、基本的に顧客の車の関心は商品と経済性・利便性でありエンジンかモーターではない。その意味でEVの特徴である静寂性や力強い加速、経済性は魅力的であり、EVの利点や魅力を満載したEV専用車を開発することも需要喚起手段として有効である。

現在『鶏か卵か』理論になっているインフラ整備も政府のもう一段の後押しが欲しいところである。今後の本格普及に向けては政府とメーカーが顧客目線でどれだけ一体となり進めていくことができるかが鍵となりそうである。

執筆:日高