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コラム

第101回

「江戸風味」

江戸文化歴史検定、通称江戸検があるほど、江戸時代は、諸外国の情報が寸断された中でも、長く続いた時代だけに、今なお多くの知恵や技術が伝承されている。

今では、お正月におせちを食するのが当たり前のようになっているが、今風のおせちになったのも、江戸時代から形作られたものである。

その昔は、一部の高貴な方々の節句の催事であったようだ。上流階級の催事も、自分たちなりに工夫をして、皆で楽しむように変革していったのも、歌舞伎や、浮世絵や、お寿司屋、蕎麦屋、天ぷら屋、団子屋、等、徐々に大衆化していったのも、意気な江戸人の賢さの表れのように思う。

そもそも、江戸の人は、宵越しの銭は持たないほど、気前がいいということになっているが、本当はあまりお金をためられる環境になかったのではないだろうか。なので、節約や倹約の知恵は江戸時代の生活にしっかりとあらわれている。

その代わり、ちょっとしたところの拘りに洒落たところを組み入れるという心憎い粋をいれてくれているのだ。粋(意気)に関しては、日本独自の品性であるがゆえに、外国の言葉に訳せないそうである。そんな、独特の精神を創り上げた江戸文化に少し誇らしさを感じる。

意気でいなせなんていうと、江戸っ子の代名詞のようにも使われているが、そもそも江戸前とは、江戸の前、つまり東京湾でとれる新鮮な魚介類を指していて、ともかく新鮮、つまり活きがいいという意味にも使われるそうだ。

いずれにしろ、へ垂れではない。萎れてもいない。腰抜けでもない。江戸っ子とは、しゃっきりとして、恰好いいのである。

お会いする度に、このしゃっきりとした切れの良さと、生まれ育ちの良さがにじみでるという独特な雰囲気を持っている方がいる。

日本にお茶というものを広めた方の血筋であり、戦後の日本の食生活に大きな喜びの一時を作り上げた功労者の後を継ぐ、意気で鯔背な江戸前気質を持つ、実にスマートな経営者である。

社会人デビューが、武者修行でいきなりの海外赴任であった事で、国外の事情にも詳しく、海外人脈も太い。なによりも、過酷な仕事を耐え抜いただけに、瞬時で場の雰囲気を察知されて、どのような相手にも自然体でありながら、心配りを欠かさない。

話のテンポもきれがよく、話題も豊富で愉快に話されるので、つい聞き入ってしまう。これから、益々お忙しい日々が続かれると思うが、聡明な頭脳と器量の良さで、これまで以上のブランドを確立されていくと信じている。

正月気分でついついお酒を飲みすぎたら、最後にお茶漬けで江戸文化を検証してみて頂ければと思う。ちなみに、60年前の発売当時は江戸風味と銘があった。やはり、当時の再興者も、江戸っ子気質を受け継いでいたからに違いない。

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