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コラム

第114回

「エシカル(ethical)でしょ」

最近、エシカル(ethical)という言語をよくきくようになった。少し前は、エコとか、リサイクルとかがブーム?で、最近はCSR(企業の社会的責任)である。しかし、なんで今更、この豊かで平和な時代に正義や道徳を叫んでいるのだろうか。

確かに、仕事や能力が正当に評価されずに貧困を強いられたり、介護や育児や病で仕事が出来ずに収入が激減したり、思うようにならない家族が増えている。

でも、日本で一億円以上の資産を持っている方は360万人もいらっしゃる。あるところにはあるのだ。そして、資本家になるほど企業の海外進出を推奨する。そもそもグローバル化とは、人も物も金も知識も海外に出るということだ。

多くの企業が海外に生産拠点を移し、資産家は税金の少ないところへ居をかまえる。かくして日本の税収入は減る一方。国の借金は増えるばかり。なので、救済や福祉に回す予算はどんどん減る、益々格差が広がる、悪循環である。なんだか、おかしいのである。でも、国の政策には逆らえない。

けれど、弱者の一人である私も、日々の買い回り品の選択権くらいは持っている。その基準は「エシカル」だったのだ。エシカルとは知らなかったけど。

エシカルとは、倫理的とか道徳上とか、環境保護とか社会貢献とかと訳されているが、語源は獣道、つまり安心して気持ちよく通る道だと私は理解している。

人間が猿と違うのは、読み書きができる事だ。結果、動物本能を破壊し、理性が生まれ、相手の痛みを理解しないことを恥とする感情を持った。

なので、人の痛みを理解できずに、弱者から搾取し、自分だけ裕福になるような人間を「人でなし」や「畜生」や「化け物」と言っていいのである。

現代は、成熟社会だ。特に日本は長寿に恵まれ、物は溢れ、医療も充実している。こんな時代に企業に求められることは、社員も顧客も気持ちのいい生活が送れるような恥ずかしくない経営をしている事である。

例えば環境を破壊して、弱者を虐げたあげくに提供される商品に、必死で働いたお金を使いたいだろうか。買って嬉しいだろうか。私は、同じ買うなら共感する企業の商品を買いたい。

その一つに生活の木という会社がある。もともと陶器を扱っていた会社が、ヒッピーの生活をヒントにポプリから始まりハーブやアロマを日本に定着させた、昔からなんとなく、人に良いイメージを持つ会社である。

その企業が今後も意識しているのも、エシカルだそうだ。購買者の心理を熟知している専務は、国保の限界や、国の力を見通して、今後に必要と思われる商品を提案し、あらゆる規制と戦いつづけている。

その製造背景には、人を平等に評価するエシカルな考えが組み込まれている。商品からは想像できないえらく濃いキャラだけど、企画力と行動力は凄い。

こんなエシカル企業が増えると、本当の意味で幸福度の高い国になると思う。
なにしろ、日本人の商売の基本は三方よしだったのだよ。これってエシカルでしょ。

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