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コラム

第299回

「本質を追い求めた起業家」

9月8日の日経産業新聞へ寄稿した記事を紹介させていただきます。

デジタルプロモーション市場を創り出した、アビックス創業者の熊﨑さんが4月に逝去された。熊崎さんは、デジタルサイネージの本質に気づき、渋谷スクランブル交差点のデジタルサイネージから注目を浴び、街中に広がったことで新たな市場が生まれ、アビックスをジャスダック上場させた起業家だ。様々な技術の進歩により、これからサイネージメディアがどう変わっていくのだろうか。

4月2日、アビックス元社長の熊﨑友久さんが逝去された。熊﨑さんはデジタルサイネージの本質が「メディア」であることにいち早く気づき、デジタルプロモーション市場を創り出した起業家だ。

アビックス創業時からハードウエアとコンテンツを融合させたデジタルプロモーション事業に挑戦し、デジタルサイネージを「地域のメディア」として定着させたことから、街が変貌した。デジタルサイネージが日本で最初に登場したのは、駅や列車内の情報配信に使われたデジタル表示機だとされている。

1990年代初頭、アメリカではデジタルサイネージが道路脇の看板広告として広がっていたころ、日本では地下鉄のトンネル内で映像が流れ話題となっていた。脳の残存効果を活用したもので、LEDディスプレーによるトンネル内の映像を目にした人も多いと思う。この技術を開発したのが、89年に創業したスタートアップのアビックスだ。

デジタルサイネージが街に広がったのは、渋谷スクランブル交差点のQFRONTの大型ポールビジョンが大きな注目を浴びたことがきっかけとなった。アビックスが開発した独自技術を生かしたデジタルサイネージが、ニュースや地域特性にあったコンテンツを放映したことが地域のメディアとなり、渋谷の文化的価値が高まった。薄型のブラインド構造技術と建築デザインが融合し、ビルの壁面に設置するデジタルサイネージが街中に広がった。

熊﨑さんが仕掛けたサイネージによるデジタルプロモーションが新たな市場となり、アビックスは2005年にジャスダック上場を果たした。熊﨑さんは「仕事とは与えられたことだけやるのではなく、自ら新しいマーケットを創造することであり、お客様に喜んでもらい笑顔にすることだ。最終的には〝人や社会の課題解決〟をすることが。働くことの本質だ。クリエイティブな仕事は、積極的に楽しみながら自ら創り出さなければ生まれない」との言葉を残した。

グローバル企業となった、リクルートの減点は、創業者の江副浩正さんが「広告はニュース」だと捉え、情報誌を創り出したことにある。今では世界の人々に多様な情報サービス事業を提供し、人々のワークススタイルも変えている。

いつの時代も、ビジネスの本質をいち早くとらえ、「人や社会をより良くする」ことに挑戦する起業家が、経済を活性化させ社会を繁栄させてきた。

昨年11月、OpenAI社が開発した人工知能のchatGPTが公開され、瞬く間に世界に広がり、様々な影響を与えている。なかでも対話型人工知能(AI)の威力が注目を集めている。AIとサイネージメディアが融合した未来の街が、どのように変貌していくのか楽しみだ。

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