第108回
「ヒーロー山田長政」
2007年、バンコクで亥年を迎えた。久しぶりに訪れたバンコクの街の景観は、近代的な建物が増えていたが、人々の微笑は変わることなく、タイの独自の文化が存続していた。
以前から一度訪れたいと思っていた世界遺産アユタヤを訊ねると、燦然と残っている建造物もさることながら、いたるところに、昼寝やゆったりと闊歩している犬の楽園に目が止まった。
最近、狂犬病で話題になっているので、最初は鎖に繋がれていない多くの犬に戸惑ったが、開放されている犬達の表情は実に柔和で、タイの人々と共通したものを感じた。
中国をはじめ、アジア各国の「マネーがすべて物をいう」風潮の中で、国民の95%が仏教を信仰し、男子は一生に一度、仏門に入り修行するのが慣わしで、何か不幸なことがあると、汝がすべて至らないと考え、他人のせいにしない生き方がスタンダードになっている。
そして、殺生はしないことが功徳をつむという人々に、犬達が信頼をしているように思えた。最近、多くの日本企業が、タイに新たな工場を設立している要因は、コストだけでなく国民への信頼感から来ていると思えた。
また、アユタヤ遺跡の入口に楠の大木があり、その下に、「山田長政」と筆文字で刻まれた大きな石碑に目が止まった。初めは思い出せなかったが、幼少の頃、紙芝居で観たシャム王国(タイ)のヒーロー長政であった。忘れかけていたかすかな記憶のヒーローに、思わぬところで出遭い興奮した。
山田長政が生きた時代は、戦国時代の終わりから鎖国までの50年、関ヶ原の合戦で生まれたリストラ浪人や大阪落城後亡命した浪人たちが、東南アジアに新たな新天地を求めて旅たっていった頃である。
朱印船に乗った貿易商人の1人が、長政であったと思われる。長政の実像の情報はあまり残っていないが、シャムの国で日本人町を創り、アユタヤ王朝の大臣にまでなり、国王の死後は王子を助け、地方の王国リゴール王にまでなった人物と言われている。
ヒーロー長政は脚色された感もあるが、日本人が、初めて海外に進出して成功した開拓者である。
今日のビジネスマンの、海外戦略の先駆け者として成功を納めた要因は、貿易を広めるために、アユタヤの内乱や外征に日本人義勇隊を率いて参戦し、つぎつぎと武勲を立て、その功績を国王ソンタムに認められ、信頼を獲得したところにあった。
自らの目先の利益だけを追求するのではなく、相手の立場になって問題解決して信頼を獲得し、時間をかけ事業インフラを不動のものにしてゆく長政の残した足跡は、今の企業の短期的利益を追求する経営のあり方に、示唆を与えている。