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コラム

第254回

「吉野家の社長交代」

今年に入り、すでに上場企業の社長が310人も変わっています。上場企業全体の10%近い社長が変わったことになります。業績不振による交代や、不祥事からの引責、若返りのための事業承継、M&Aなど、様々な社長交代の要因があります。

社長交代は、経営者にとって最も難しく最大の仕事といわれます。吉野家の安部会長が、社長交代について、次の様に語っています。

「早い段階から『リーダー育成と社長交代』に取り組んだ。それでも難儀した。吉野家の社長に就任し債務を全額返済してから、創業者が創り出した『うまい、やすい、はやい』というバリューを承継していくには、次世代リーダーを発掘し育成することだと考えた。10ヵ年計画に、新規事業やM&Aを積極的に盛り込み、『リーダー育成のための場を提供する』方法を採った。吉野家以外の事業を増やし、そのトップにリーダー候補を派遣してマネジメント全般の力を養わせた。社長に適しているかどうかは、場を提供してやらせて結果を見ないと、わからない。ペーパーテストや面接では、リーダーの適性は測れないものだ。

22年間社長を務め、後継者に譲るまでに随分と時間がかかった。『場を提供する』方法は間違っていなかったが、『評価するポイント』に見落としがあった。管理能力=マネジメント能力だと思い込んでいた。組織の現状を客観的に把握し、問題を解決してカイゼンすることができる人は頭脳明晰で、組織の中でも『優秀だ』と重宝される。しかし、多くの幹部候補に『場を提供する』育成を続けるうち、管理能力は経営者の『必要条件』だが、『十分条件』ではないことに気がついた。十分条件とは、カイゼンではなく、大きな改革ができること。つまり、現在とは異なる未来のビジョンを描けて、その達成のためにリスクを取れることだ。この能力は、管理能力とは全く別のものだ。管理能力の高い優秀な人間ほど、客観的に現状を分析してその延長線上でものを考えるので、リスクを取ろうとしない場合が多い。地続きでなく、大きくジャンプするビジョンを描ける人間は、かなり特殊だ。そういう少数の人間こそが、変化の激しい時代のリーダーにふさわしい。そう気づくのに、10年、10人、10億以上、かかった。

管理能力が高いリーダーは、順境ではいい結果を出すが、局面転換ができない。自分の理解を超えることが起きたり、現状の延長線上で出せない答えを求められたりするからだ。
そういう時、リスクの重さを知りながら、あえて挑戦できる人間は、覚悟した『魂』がある。やってやろうという気持ち、大きなチャレンジに対して不安と同時にわくわくする気持ちを持てる人間。そういうリーダーでないと、現代のような不確実性の高い時代に、企業を成長させるビジョンを描くことはできない。

人間は変化を好まない生き物なので、リスクテイクできる人というのはそもそも少ない。単なる蛮勇で考えなしにリスクを取るイケイケドンドンなタイプではなく、リスクの何たるかを知ったうえであえてリスクを取ることができる人は、ほんの一握りで、5%もいないのではないか。
管理能力は後天的に学習し、身に付けることができるが、リスクテイクする能力は、かなり先天的要素が作用する気がする。河村社長は、完璧な人間だった訳ではなく、失敗もあったが、与えられた場において誰よりも挑戦し、努力し、今がある。

『こいつはリスクを取れる人間だ』そう思ったら、ぜひその人物を貴重な人財とみなし、挑戦できる場を与えてあげて欲しい。そして、傍から見て危なっかしくても、失敗するのが見えていても、事業の根幹を揺るがすほどのことでなければ、じっと我慢して口を出さないで見守ってやってほしい。

彼・彼女はきっと自分の力で、痛みも失敗も血肉にして成長していく。リーダーとなる人間に教えることがあるとしたら、ただ1つ。決断の軸に『志』を確立することだ。浮利を追わず、メディアや同業他社の言動に振り回されず、『われわれが目指すべき道』を邁進すること。『誰のため、何のため』の使命感に順ずる心が、リーダーの器を大きくし、さらに次のリーダーの伝承へとつながっていく…」

経営者には、事業を創造し軌道に乗せていく起業家タイプ、事業を育て中興の祖といわれる経営者タイプ、そして、再生を得意とするプロのターンアラウンド経営者がいます。志を持って、リスクを恐れずチャレンジしてゆくリーダーが、今、求められています。

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