第189回
「2025年の崖」
20年程前から、高齢社会=2025問題として取り上げられてきたが、ついにもう少しで2025年になる。
想定通り、より介護が必要な人間が増え、かつ子供の数は増えそうにない。
勿論当事者である高齢者においても、いろいろな葛藤と戦いながら長生きを続けている。
思えば誰でも、可愛い幼少期や、きらきら輝く青年期を過ごしてきた。しかし、いつの日からか始まる、サルコペニアやフレイル(筋肉や骨や、内臓や、脳の衰えの症状)に怯えながら生きていくことになるのだ。遅かれ早かれ全ての人間に必ずやってくる。
生まれた以上誰しもに与えられた宿命だから仕方がないのだけれど、その老化の課題解決を若者の人生にのしかかっていると思われたくない。なので、老人は老人による老人の為の施策を打つべきだというのが自論だ。
私自身、かなり前からミドル&シニアの仲間達と世代にあった課題を解決するべく画策をしている。そして、若者の未来を応援することはするが、なにがあっても邪魔はしないように努めている。何故なら若者のうちは時代の変革に自分の意思を強く持って対応してほしく、その努力が楽しい老後に結び付くと思ってもらいたいからだ。
そして崩壊が止まらない容姿や思うようにならない身体、勝手に飛んでいく記憶を一つの無常と捉えながらも、悔いのない最後を迎えられるように、常に前向きに生きている。
だから情報を大切にしている。特にIT関連の情報は最低限、その筋に強い仲間から学んでいた。知れば知るほど、これからのビジネスや社会に進んだ技術を活用できないデジタル老害に、数年前から悲哀を感じていた。
案の定、DX(Digital Transformation:デジタル改変)の遅れを憂いていた知識人の不安が的中し、日本のデジタルフレイル?とも呼べる症状があちこちで2025の崖より前に露見してしまった。
ともかく、今回の有事に対して何をするにも歴然と遅れやトラブルが起きている。
システム障害による漏洩問題、事実上の作業までのコレステロールたまりまくりの組織体系も駄々洩れ状態。
WEBで対応できるので早いです!!といったにもかかわらず、実態は人が徹夜で頑張るなんて事も起きた。
懸命に、まさかこんな・・・の、作業をする方々をみて、私のせいではないのに、申し訳なく思ったほどだ。
なんと、国民の高齢化に準じてあらゆる仕組みが思ったより老化していたのだ。
しかし、違う方向から見れば、この度の事態で、DXが急速に進み、諸問題が解決していくように思う。
なにしろ、今更、個人情報がどうのこうのとか、今後は民が管理されまくり命まで操られるというSFサスペンス映画のような状態になるとか言っても、もうすでに遅い。今や個人情報の持ち主は個人ではなく世界中のあらゆる機関の情報であることぐらい誰でもわかっているはずだ。
では、管理されたくなかったらどうするか。
縄文人のような生活をするか、AIを超えた能力を持つかだ。
無理なら、管理されているのではなく見守られていると考えを変えて活用させて頂くしかない。
日本に限ってだが、後4年と半年。3人に1人が高齢で、そのうち認知症が5人に1人!
まさに、あらゆる機器を開発していろいろ管理してもらわないと介護で苦労する人が増えるばかりだ。
それでも、少しでも楽しい老後を送りたければ、今からでも自分の判断材料となる知識を得て、すべて自分で決めて行動を起こし、自分で責任をとる覚悟をきめることだ。どうせ、どこかで終わる人生、最後に面白かった。で終わりたいではないか。
人の言いなりになっていけばいくほど、管理されまくる側になる、それが気持ちいい人はそれでいい。
しかし、なにもかも丸見えの生活の中、思考まで管理されていくのは頂けないという人もいるだろう。
だとすれば、今こそ、今この事態の時こそ、自分のやりたいことを自分が決めてやるべき時なのだ。
若ければ若いほど、そのチャンスは一杯ある。
勿論老人もだが、単独は身体的リスクが高いので仲間や同志とやりたいことをやる。途中で自分や仲間がいなくなっても、追い付いてくる老人を見つけておけば心配ない。
例えば、弊社との古いお付き合いのあるスマートシニアクラブの会長は、その発想力と行動力で倉庫会社を上場させベンチャー支援を続けている方だが、ここにきて新たな葬儀事業を発足するとの事で仲間を集めておられる。そう、シニアにはシニアの課題を解決していく知恵や力やコネや根性があるのだ。
それにしても、このパンデミックは、世界中の国、いや地球上のあらゆる問題を浮き彫りにした。
でも、これを踏み越え、乗り越えた人達がつくる世界が、より快適で便利なデジタル社会であろうことは間違いない。
日本だって大丈夫。
崖から落ちても(デジタル競争に負けたとしても)這い上がる知恵と根性はどこにも負けない大和魂を持っている。
そう、大和魂が残っていればだけど。